1747年にアフシャール朝ペルシャ(1736年~1796年)の初代皇帝ナディル・シャーが暗殺されて統制が弱まると南コーカサス一帯に10ヵ国程の諸汗国が成立致しました。19世紀の初頭にロシア帝国に侵攻・占領その後併合されるまで地域毎に汗国によってペルシャ帝国の支配下ながら半自治体制が維持されました。この地域はコーカサス文化とペルシャ文化の接点で絨毯の文様にも強く表れています。カスピ海の西の沿岸に位置し交通・貿易・石油・塩と言った経済の要所であるバクーを中心に設立したのが火の国・バクー汗国(1747~1806)です。この時代バクーから東のカスピ海側に突き出たアブシェロン半島の村々は絨毯織りが盛んであったようです。力強い幾何学模様・遊牧民モチーフのコーカサスの絨毯文化に南方ペルシャの柔らかな色彩(自然染料によるくすんだピンクやグレーやクリーム色など)と優雅な花葉文様も融合し独自の絨毯文化が開きます。
しかし1806年に旧ロシア帝国が利権の為にバクーを占領しその後編入(1813年のギュリスターン条約)し近代化を進めると次第に絨毯織りは力を失って行きます。絨毯は大型化、科学染料による鮮烈な色彩化、家庭織り絨毯は衰退します。
下記の絨毯はアブシェロン半島のキラ(Khila)で19世紀初頭に織られたKhila-buta(ペイズリー)絨毯ですが、先月投稿したカラバフ汗国のシュシャ絨毯同様南コーカサス諸汗国時代の希少な絨毯としてコレクター垂涎の品と成っています。

このキラ絨毯はペルシャの影響を受けて小花をあしらった水平方向の二重ジグザグ帯と、縦方向の花鎖がずらし配置されたボテ(ブタ)を包み込む様に六角形の区画割りを成しているデザインです。植物由来の色彩は時代を経て落ち着いた風合いと成って居ます。
アブシェロン半島・キラの絨毯の多くはキラ・ブタ(ペイズリー柄)と呼ばれます。

khila-buta

絨毯研究家Ian bennet氏より


お使い下さい‼手織り絨毯
フロムギャッベ
*ボテ(ペルシャ語)=ブタ(アゼルバイジャン語)=ペイズリー(英語)
