下記のアフガニスタンのシルクウールのトゥルクメン絨毯をご覧頂きましたお客様よりサルークかサルール部族の品を探しているとのお話がありました。トルクメン族の中でも一番伝統ある部族との事でした。



tekke
私もトゥルクメン絨毯に付いて其れ程詳しくも無いのでサルークと言えばペルシャの中西部にアメリカンサルークで有名なサルーク(サルック)やサルール(サラール)と言えば東トルケスタンだか中国の西域の少数民族を思い出してしまいますが、取り合えずAIやネット検索をしてトゥルクメン絨毯を調べて見る事にしました。
トゥルクメンの絨毯はト兎にも角にも部族特有のギュル(部族の紋章)が判別の鍵になるのでテッケ族の絨毯、エルサリ族の絨毯、チョウドル・ヨムート・サリク族の絨毯と言うように画像を一枚ずつ調べて見るとアフガニスタン絨毯に於いて各部族絨毯の検出画像が現れるのですが、どうもネット上ではサルール・サルーク・サリクという音が似た名が混乱・混同して取り違えられている事が多いように思いました。私も現トルクメ二スタンの国旗に描かれている代表的な5大部族のギュルに有るテッケやエルサリなどという絨毯はよくみるのですが、サルールというトゥルクメン絨毯は判然としないのでサルールに絞って検索してみると確かに1800年代中期迄にサルール族が織った絨毯が欧州の各オークション(Sotheby’s ・Christie’s ・ Rippon Boswell )結果に残って居りかなり貴重なものであることが、判りました。

1850年前後のサルールのチュワル







*色々なサルールのギュル
そこでサルール族を調べてみるとオグズハーンの直系のひ孫サルールを祖とするトゥルクメン族として最も格式高い伝説の部族で、11世紀のセルジュク朝創設の中心的役割を担いその後も西(ペルシャ)へ東(中国青海省)へと移動し勢力を伸ばしますが、1832年カジャール朝ペルシャとの闘いに敗れ更に19世紀後半にはテッケやサリクとの部族間抗争にも敗れ衰退離散しテッケやエルサリ、サリクなどに吸収されてしまったようです。
サルール族は古代中央アジアの商人ソグドの文化を強く受け継ぎ近世まで保守した部族と言われ絨毯における意匠も他のトゥルクメンと一線を画す独持の古風な様式を持ち19世紀半ばまでに作られたサルールの絨毯は今にちコレクターや世界の美術館に収蔵されて居り一般市場に出回ることはあまり無い様です。
ギュルの元祖と言われる洗練されたサルールのギュルは19世紀後半にサルールが衰退した後もテッケなど他の部族に模倣され受け継がれていますが、19世紀後半以降に織られた本物のサルール絨毯は殆ど存在しないとの事です。
以上が色いろと調べた結果で、サルール・サルーク・サリクと似たような音なので混同されて使われているようですが、前述のお客様の探していたトゥルクメン絨毯は1800年代前半までに作られたサルール族の絨毯に間違い無い様で希少な物の様です。最もサルールのギュルは1800年代後半以降はサリクやテッケなどによって模倣されたようですのでそちらは手に入り易いのかと思います。
サルール族の絨毯はコチニール系の深紅や濃紺を基調にアクセントとしてシルクの白や淡い色を使い、織りも細かく素材も上質でコレクター必見の様です。

choudur

choudor

ersari

ersari

yomut

yomut

salyk

saryk

tekke

tekke
*以上ネット上の記述を参考にしていますので誤った記述がありましたらご容赦下さい。

お使い下さい‼手織り絨毯
フロムギャッベ
*そもそもトゥルクメン絨毯はソ連の崩壊後1991年に独立した現トルクメニスタンという国で作った絨毯だけを指すのでは有りません。トゥルクメン絨毯はトルクメニスタンという国が出来る遥か昔、国境の無い時代から遊牧民トゥルクメンの人々によって作り続けられた絨毯を指します。かつてペルシャに侵攻移住したり、近世もロシアの南下政策やソ連のアフガン侵攻などで移動を余儀なくされたりした結果現在はトルクメニスタン・イラン・アフガニスタン・パキスタンなど広い地域で織られています。日本市場ではトゥルクメン絨毯イラン製とトゥルクメン絨毯アフガニスタン製が際立っています。パキスタン製トゥルクメン絨毯も最近は手に入ります。
