先々週より手織り絨毯フロムギャッベで催しました[100枚のバンダナ展](実際は132枚)はとても盛況でした。
100枚の愉快なデザインのバンダナの中にインド人のお父さんお母さんが紅茶を飲みながら子供の勉強を見守っているデザインが有りました。
インドにある英国の会社がインドの人々に紅茶を飲む習慣を広める為に作った宣伝広告ポスターのデザインの様です。
インドには久しく行っていませんが、インドのミルクティー(チャイ)の店は今も街中に日本の清涼飲料水の自動販売機の如く健在だとの事です。
昨今インドには紅茶を飲む習慣が強く根付いて居るので紅茶はインド古来の飲み物と思い込んでおりましたが、聞く所に依ると英国インド統治時代に紅茶を栽培する事に成功した英国の会社が1800年代前半にヨーロッパに輸出するだけでは無く、商業的にインドの人々に紅茶を売ろうと思い付いたのが始まりの様です。
此のバンダナのデザインはロンドンの美術館のインドの宣伝ポスター展の1枚をモチーフにしたデザインです。1800年代前半、識字率が至って低い時代視覚に訴える絵やイラストによるポスターはとても効果が有り一般的であったとの事です。
<勉強に励む子供を紅茶を飲みながら見守る両親の様子>と言う当時のインドでの理想(憧れ)の家庭の姿が描かれて居ます。此の様なポスターは現在インドでは無くイギリスに残って居り当時のインドを知るにはとても役立っている様です。
インドにも古くより自生種アッサムの紅茶を飲む少数民族は居たようですが、ダージリンは英国人が中国より持ち込んだ種を品種改良したと聞いて驚いた事が有ります。

お使い下さい!!手織り絨毯
フロムギャッベ
*紀元前よりのハンドブロックプリントを始め何かと悠久の歴史を持つ国インドに於いて紅茶の歴史は僅か200年で有ったとは!!
まあ〜日本でも明治時代に成る迄、一般的には牛乳を飲んだり牛肉を食べたりしていませんでしたが、現在当たり前に食しているのと同じ事ですね。
*紅茶の栽培と習慣は大英帝国が植民地に残した功の一つと思いますが、多くのインド人が中年になると太り過ぎに成ってしまうのも砂糖一杯の美味しいチャイの飲み過ぎのせいかも知れませんね。紅茶も手織り絨毯の様に通常産地名で呼ばれる様です。インドのダージリン、スリランカのウバ、チャイナのキームンの様に。又、オレンジペコーは産地名でも無いし作り手の名でも無いので絨毯で言えばギャッベの様な感じでしょうか?我々は滝や山や川や料理まで何でも世界三大何々と括るのが大好きですが、紅茶は先のダージリン、ウバ、キームンが三大何々に成って居ます。世界三大美人にはクレオパトラと楊貴妃そして小野小町が入って居ますが、不思議に思います。誰が小野小町を入れたのでしょう?

