ハーン(khan)の絨毯ー2

手織り絨毯

ペルシャ一帯の遊牧民は1920年代から中央政府の中央集権化政策により定住化が進み20世紀後半に掛けて遊牧民らしさを次第に失うようになります。
それ以前遊牧民が遊牧民らしかった時代に作られたハーンの絨毯ー1の続編です。

 



  • バローチ

 

バローチ族(Baluch/Balooch )、イラン東部・アフガニスタン西部・パキスタン西部の標高500m~3000mの高原と砂漠にまたがる広い地域で活躍する遊牧民です。 彼らの絨毯の特徴は深赤色や濃紺・茶色と言った暗色を使い(指し色にベージュ・緑・黄色)幾何学模様・動物モチーフ・ミフラブと言った力強い風合いを持つ典型的な部族絨毯と言えます。近年中古市場ではトライバルラグとして脚光を浴びています。



                 19世紀後半

               19世紀後半

*上記2枚とも濃紺のフィールドに2列に配置された巨大パルメットが特徴的な大きな絨毯は、イランとアフガニスタンの国境付近シースターン地方、チャハンスール(Chakhansur)周辺に暮らしていたバローチ部族のハーン(部族長)の住居用に作られたメインカーペットの様です。



  • ハムセ連合

19世紀カジャール朝がペルシャの南西部ファールス地方の南部で強大な勢力と成ったカシュガイ部族連合に対抗する勢力として政治的に結成された遊牧民の連合体です。カシュガイ族とはザクロ―ス山脈の絨毯織りを含めて最大のライバルです。



Khamse

 

リッポン ボズウェルと言うオークションハウスの落札結果を検索してやっと見つけたkhamseh khanの絨毯の画像です。

ファールス州のハムセの絨毯は樹木モチーフの絨毯や沢山の鳥に埋め尽くされたフィールドをイメージするハムセの絨毯ですが、こちらの絨毯はペルシャの西の絨毯産地マライヤー由来のデザインでハムセ連合のハーンの為の物との事です。上部の青い縁には、銘文「Farmayeshe Separbot az dar Nezam」このハムセ絨毯はファールス州の軍事知事のために製作されたと織り込まれて居ります。ハムセにも銘文を入れる慣習が有ったのでしょうか?

                    19世紀後半

                       19世紀後半

*上記2枚は共にハムセ絨毯によくある鳥・鳥・鳥デザイン(19世紀後半)の絨毯です。

1920年頃からパフラビー王朝の中央集権化による遊牧民の定住化政策が進むことに成ります。



 

  • シャーサヴァン族 (Shahsevan)

サファビー朝シャー・アッバス1世の時代「王=シャーを愛する者」を意味するイラン北西部アゼルバイジャン地方の屈強な騎馬遊牧民連合(西方防衛の為に組織された)です。17世紀シャー・アッバス1世の時代から18世紀にかけて裕福なハーンたちが極上のウールを用いて柔らかくしなやかなパイル絨毯を特注して作らせましたが、19世紀前半にペルシャが帝政ロシアに敗れるとシャーサヴァンのパイル絨毯は殆ど作られなくなりキリムの生産に偏ってしまいましたので現在その姿を見るのは非常に困難です。

シャーサヴァン・ハーンの絨毯は主に18世紀後半から19世紀に掛けて織られた大判・高密度の絨毯で有ります。
幾何学模様・しだれ柳・生命の樹・動物柄と言った典型的トライバルに加えてハーンの肖像デザインも有ります。

                   Hossein khan sharsawan

                                                                    shahsawan khan carpet

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  



 

  •  アフシャル族

元々はアゼルバイジャン地方ウルミエ湖周辺のテュルク系遊牧民で、18世紀にはペルシャ全土を統一したナディル・シャーの血統を誇る人々ですが、サファビー朝以来軍事的強制移住により北東のホラサーン地方やイラン南東部のケルマン州(シールジャン・シャハレババク・ラフサンジャン)やヤズドなど各地に土着しその地域と融合した形の絨毯製作をしました。現在アフシャルによるシールジャンのスマックキリムはユネスコの無形文化遺産に登録され有名です。
アフシャル・ハーンの絨毯はナディル・シャーがペルシャ全土を統一(オスマンやロシアを破り1736年から)した後、血統の政治的正当性を示す為にハーンの邸宅や行政官の絨毯などに銘文を加えるように成ったと考えられます。貴重なアフシャルのハーン絨毯はコレクターか美術館の持ち物に成っている様で市場に現れるのは非常に稀です。

                                 Afshah khan carpetをAI生成してみました。        銘文がちょっと変な位置に有ります。



    トゥルクメン族 (Turkmen)


中央アジアのオグズを祖とする遊牧民ですが、19世紀の末に多くのトゥルクメンの人々はロシア帝国内に組み込まれ絨毯は商業的生産となり質も低下することに成りましたが、ソ連邦の一員を経て1991年に独立を果たし、現在はトルクメニスタンという国家を形成しています。その他イランやアフガニスタンなどに暮らすトゥルクメンの人々もいます。
したがって特定の国にかかわらずトルクメニスタン・アフガニスタン・イランなどに現在暮らすトゥルクメン族がトゥルクメン絨毯を作っています。
赤を基調とした幾何学的な「ギュル(部族の紋章)」を織り込むのが特徴です。17世紀から19世紀に掛けてトゥルクメン族にとって絨毯は生活の必需品から資産的価値を帯びる物となりハーンや有力氏族の権威を現わす特別な絨毯が作られました。こちらの絨毯はペルシャ中央文化に近いバフティアリ・ハーンの絨毯の様にカルトゥ―シュに銘文を入れるような慣習は有りませんが、部族のハーンや有力氏族が使う絨毯は、自らの権威を示す儀式用・貢物として作られ、地糸やパイルにシルクを用いたり、パイルにベビーキャメルウールを使ったりして非常に緻密に織られています。大きなサイズ・素材・ノット数・デザイン・年代を頼りにハーンの絨毯を推測するとの事です。

 

 




お使い下さい手織り絨毯
フロムギャッベ

タイトルとURLをコピーしました